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マスコミと自殺

悲しい現実を言えば、本当に自殺が多い。と日々、感じる。
特に、男性が多い。あと、以外にも老人の方も多いのだ。
私が、強く思ったのはマスメディアが終日、練炭での集団自殺を取り上げていた時期、私の仕事でも一酸化炭素中毒自殺が目立っていた。又ある、間違った情報として、一酸化炭素中毒は死に様が非常に綺麗だとよく言うが、実際にはそうではない。死に様が綺麗な自殺なんてはっきり言えば無いのだ。
皆、一様に強張った苦悶の表情をしている。
死ぬって事は、決して綺麗な事ではない。肉体が腐るのだからそれは当たり前の事なのに、死を美化しようとするその体勢に納得がいかない。
しかし、老衰などはまた別である。勿論、美しくはないが、非常に恍惚とした表情で、見るものを圧倒させる清らかさがそこには存在する。
自分の死に様を、自分で操作しようなんて事自体がおごっているのだ。なるべくなら自殺は否定したい。
きっと、今の社会で、こんなにも自殺が多いのは、マスコミの情報の氾濫であると思う。自殺という手段を、情報に載せて、人々に提供しているのだ。
私は、自殺した者が地獄に行くなどと信じてないし、むしろそんな事はありえないとさえ思っている。生きている間、苦しんだんだから、どうして又、死んだ後も苦しまなくてはならないのだ?と思うからだ。きっと、天国に行って幸せになっていると信じたい。しかし、それも又、自殺を助長させる幻想なのだろうか?
人は、苦しまなければならないのだ。生きているそのこと自体が試練なのだ。若くして病気で亡くなる方も、事故で亡くなる方も、また、老衰で亡くなる方も、あの世があれば、きっと同じ待遇を受けるはずだ。
私は、あの世など、全く信じていない人間だが、こう考えるのもやはり、どこかで死を拠り所としているからなのだろうか。
神話で、アキレスという戦士が不死身であったが、足首の腱を切られたことにより死ぬという話がある。
それを思い出し、アキレスは死ねてよかったなぁー。と感じてしまう。死ねない事ほど辛い事は無い。だから、人は死ぬのだ。
死ぬまでのリミットが生きる時間を貴重なものにするのだ。
あぁ、なるべくなら、生きたい。私はまだ、生きていたい。今はそう感じる。

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