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               心の解放に伴う痛み
私はよく、「貴方は強いね」と言われる。そんな時、口では「そんな事は無いよ、ただ馬鹿なだけだよ。」と言いながら心では「大成功だ!」と叫んでいる。作戦勝ちだと思っている。これは、すなはち私は強いフリをしている、という事だ。
なぜ、強がるのか?それは、みじめなワタシにモザイクをかけているからだ。モザイクを取ればそこにはちっちゃいモノしか無い。
自分、そして他人に対しての虚勢。しかし、これが人間の思い込みの恐ろしい所で、虚勢を張り続けると、いつしか自分は本当に強いんじゃないのか?と思ってしまうのである。嘘もつき続ければ、それが本人のなかで事実だと錯覚してしまう様に。
しかし、所詮はただの嘘である。いつかボロがでるのだ。その、ボロが出る時こそが、心の解放だと思っている。
他人は、なかなかそのボロを出させてはくれない。冷やかしはしても、完全にむき出しにはしてくれない。そんな事をするのは面倒だからだ。
以前、私は強がって、強がって自分自身すらも、見えなくなるほど強がっていた時があった。そんな時、ふと、「貴方が強いと思った事は無い。」とある人から言われた。私は呆然とした。今まで、自分が作り上げてきた虚勢という名の分厚い殻を、たったその一言でバラバラに砕かれたからだ。しかし、怒りや、憎しみ、恐れなどは一気に飛び越し、その一言は、とてつもない痛みで私を刺したが、妙な心地良さがあった。
例えば、SMクラブに通う、医者や政治家や弁護士。彼らは普段強い自分を演じなければならない場面が多々あるだろう。誰を教えた覚えも無いのに先生と呼ばれ、自分の言葉に迷いや、弱さを見せてはいけない。そんな人達が、夜は若いお姉ちゃんに、お尻を叩かれ、ひざまずく。性行為というのはもともと人間の恥ずかしい部分を開けっぴろげにする行為なので、自然と自分に足りない部分を補える。そうやってバランスを取っている。
なんだか、その気持ち理解できるなぁー。と、最近つくづく思う。いつまでたっても強がっている私は絶対にMだ。強がっても、何も得などない。ただ、本当の私が余りにもちっぽけ過ぎるが故の結果にすぎない。ただ、解放には痛みが伴う。出来れば優しく溶かして欲しいと思っている。でもきっとそんなことされたら私は二度と自分の足で立ち上がる事ができなくなりそうで恐い。それすらも、信じる事が出来たなら、本当の意味で人間を信用する事が出来たなら・・・。
それが、最高なんだろう。

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