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                                       寂しさの転化

寂しさで人を好きになってはいけない。駄目になった時、自分の全てが壊れるような感覚を味わうからだ。寂しさは居場所さえ失わせる。しかし、もともと人は生まれつき寂しさを抱えた動物だ。それぐらいに弱く、誰かと共存しなければ生きてゆけない。自分の存在に隙間を感じ、それを何かで埋めようとする。その行為自体が生きるという事だ。
生きることは寂しいけれど、寂しいから生きる。だから、悩む。生きている間、その寂しさを何かで誤魔化そうとする。誤魔化すエネルギーに人生の大半をかける。
では、愛と寂しさってどういう関係なんだろう・・・。
寂しいから何かを愛する。人であったり、モノであったり、現象であったり。
生+寂しさ=愛・・・?
いやー、何か違う。
生−愛=寂しさ・・・?
これも何か違う。
訳が分からなくなってきた。確かに寂しさが愛を増強させるような錯覚は山ほどあるが、実際、愛も生もよく分からない。
ただ、一つだけ分かるのは寂しさという感覚だけ。誰だって寂しい。その寂しさを原動力に動いている。寂しさを紛らわす手段は人によって違うけれど、私はそれを愛する人に託したくない。とか何とかいいながら、必死で自分ひとりで意気揚々と歩いてはみるものの、一人で生きていくなんて所詮無理だと、落ち込む。そりゃそうだ、だって私はこんなにも、弱いんだもの。強がって、強がって、ああまた寂しさの底・・・。この感覚はどこまでも付いて来る。
でも、とりあえず、この寂しさを一人で埋める手段を探している。そんな手段なんて無いのだけれど、そんな事出来やしないのだけれど・・・・・・やってみる。

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