負けたい
私には負けず嫌いのあの感覚が全くといって良いほど無い。と思っていた。もちろん勝敗に対して、今でも、何の興味も無い。勝ってもいいし、負けてもいいのだ。もともと、勝負事にはめっぽう弱い。ゲームも、リレーも、成績も、思えば、負け続けていたような気がする。どんくさい。要領が悪いのだ。何とか気合でここまでやってきたような気がする。馬鹿みたいに躍起になって、勝敗にしがみ付くなんてめんどくさい。
それでも、それでも・・・。負けたくない、って思うから自分を表現したりするのかな、と思った。自己表現は勝敗に似ている。自分との勝ち負け、本当は、そんなもの無いって思っているのに、少し他人と比較したり、自身に勝ち負けを感じたり。
そもそも、負けるってなんなんだ。勝つって、一体何に勝つのだ。それにどんな意味や得があるのか。でも、人間ってほんの少しでも向上を求めるものだから、求める限り、勝敗はくっついてくる。当たり前のことだ。優越感のための勝ち負けを人間は持ってしまう。
そんな私は自ら負けたいと思うときがある。好きな男の人に対して、負けたいとおもう。そして、再起不能になるくらいまで負けてしまう。負ける事が心地よいのだ。なぜなら、その負けは決して、能力や、物質に帰属しない類の負けだから。精神的に、肉体的に負ける、あの屈辱感は無い。自己嫌悪も無い。
人間が勝ち続けていく事は不可能だ。そのプレッシャーに潰される。程よく勝ち、程よく負ける。きっとそれが一番良い。